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師岡熊野神社|由緒ある横浜北部総鎮守の歴史と見どころ、サッカー神社として親しまれる八咫烏の神社を完全ガイド

師岡熊野神社|由緒ある横浜北部総鎮守の歴史と見どころ、サッカー神社として親しまれる八咫烏の神社を完全ガイド

横浜市港北区に鎮座する師岡熊野神社は、1300年もの長い歴史を誇る由緒ある古社です。「関東随一大霊験所」として古くから篤い信仰を集めてきた一方で、近年は八咫烏の社紋がサッカー日本代表のエンブレムと同じことから「サッカー神社」としても親しまれています。熊野三山の分霊を祀る横浜北部の総鎮守として、多くの人々に愛され続けています。

師岡熊野神社の概要・基本情報

師岡熊野神社|由緒ある横浜北部総鎮守の歴史と見どころ、サッカー神社として親しまれる八咫烏の神社を完全ガイド

師岡熊野神社は、横浜市港北区師岡町に位置する神社で、正式名称は「熊野神社」ですが、地名を冠して師岡熊野神社と呼ばれています。旧社格は郷社で、現在は横浜北部の総鎮守として地域の人々に親しまれています。

歴史と由来

師岡熊野神社の創建は神亀元年(724年)と伝えられ、僧・全寿が空から降って来た熊野大権現の神札を当地の梛の大木のうろに納め祀ったと伝えられることに始まります。これにより、関東地方で最初に祀られた熊野神社とされており、関東における熊野信仰の根拠地として重要な位置を占めています。

仁和元年(885年)7月に光孝天皇の勅使として六条中納言、藤原有房が下向し「関東随一大霊験所熊埜宮」の勅額を贈って以来、宇多天皇、醍醐天皇、朱雀天皇、村上天皇の勅願所として社僧十七坊が附せられたという輝かしい歴史を持ちます。この「関東随一大霊験所」の称号は現在でも境内の扁額や社号標に記されており、神社の格式の高さを物語っています。

明治時代の神仏分離により一時的に変遷を経ましたが、1873年(明治6年)33ヶ村の郷社に列したという歴史があり、広範囲にわたる氏子地域を持つ地域の中心的な神社として発展してきました。

祭神とご利益

師岡熊野神社は伊邪那美尊(いざなみのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)の三柱を祭神として祀っています。これらの神々は和歌山県熊野三山の祭神と一体であり、熊野信仰の本質を受け継いでいます。

人生の導きの神、足の守護神として信仰され、特に八咫烏の御神紋にちなんで人生の闇に迷い悩む人々を明るい希望の世界に導く神の使いの霊鳥として、長く信仰されています。現代では勝負運、仕事運、無病息災、長寿、所願成就、開運招福、交通安全など幅広いご利益があるとされています。

師岡熊野神社の見どころ・特徴

師岡熊野神社|由緒ある横浜北部総鎮守の歴史と見どころ、サッカー神社として親しまれる八咫烏の神社を完全ガイド

師岡熊野神社の境内は約4800坪の広大な敷地を有し、緑豊かな自然環境の中に歴史ある建造物が配置されています。参拝者は都市部にありながら静寂な空間で心を落ち着けることができます。

建造物・構造の魅力

境内の中心となる社殿は本殿(権現造 柿茸 正徳2年)、拝殿(権現造 銅茸 明治17年)、覆殿・幣殿・翼殿(銅葺 平成17年)から構成されており、異なる時代の建築様式が調和した美しい姿を見せています。本殿は正徳2年(1712年)の建立で300年以上の歴史を持ち、権現造の優美な形式が特徴的です。

拝殿は明治17年(1884年)の建築で、銅葺の屋根が美しく、参拝者を迎える荘厳な佇まいを見せています。平成17年に新築された覆殿・幣殿・翼殿は現代の技術で建てられながらも、伝統的な様式を踏襲しており、古式と新しさが見事に融合しています。

境内入口の鳥居には「関東随一大霊験所熊埜宮」の扁額が掲げられており、この神社の格式の高さを示しています。社号標にも同様の文字が刻まれ、長い歴史と伝統の重みを感じることができます。

自然・景観の美しさ

師岡熊野神社の最大の特徴の一つは、境内の樹林(社叢林)はアカガシを主体とした暖帯林の自然植生をよくとどめており、「師岡熊野神社の社叢林」として神奈川県指定天然記念物となっていることです。都市部にありながら貴重な自然環境が保護されており、四季折々の美しい景観を楽しむことができます。

境内には「いのちの池」と呼ばれる三つの池の伝説があります。門前に弁財天を祀る「い」の池、裏山に神事に使う「の」の池があり、現在は埋められ大曽根第二公園となった「ち」の池と合わせて「いのち」の池と呼ばれていたという興味深い歴史があります。現存する「い」の池は横浜市登録地域文化財(史跡)に登録されている貴重な文化遺産でもあります。

社殿後方の権現山には散策路「みくまの通り」が整備されており、参拝後に自然散策を楽しむことができます。頂上の権現山広場からは周辺の景色を眺めることができ、都市部の喧騒を忘れてリフレッシュできる空間となっています。

文化財・重要な所蔵品

境内には熊野郷土博物館(社宝、考古資料、民俗資料、刀剣、古文書等 約2000点所蔵)が設置されており、地域の歴史と文化を伝える貴重な資料が数多く保管されています。特に神社の長い歴史を物語る古文書や社宝は、熊野信仰の発展過程を知る上で重要な史料となっています。

裏山である権現山東斜面には、横浜市史跡に指定されている師岡貝塚があることも特筆すべき点です。これは縄文時代の遺跡であり、この地域が古くから人々の生活の場であったことを示す貴重な考古学的証拠となっています。

境内の文化財として前述の社叢林や「い」の池のほか、長い歴史の中で蓄積された数々の宝物が大切に保存されており、参拝者は歴史の重みを肌で感じることができます。

サッカー神社として親しまれる理由

師岡熊野神社|由緒ある横浜北部総鎮守の歴史と見どころ、サッカー神社として親しまれる八咫烏の神社を完全ガイド

師岡熊野神社が「サッカー神社」として全国的に知られるようになったのは、神社の御神紋と日本サッカー協会のシンボルマークが同じ八咫烏であることがきっかけです。この特別な縁により、サッカーファンにとって特別な聖地となっています。

八咫烏と日本サッカー協会の関係

師岡熊野神社の御社紋は、「八咫烏(やたがらす)」です。この鳥は、熊野大神のお使いであり、初代神武天皇が熊野の山中で道に迷われた天皇をお導きするために使わされたのがこの鳥でした。八咫烏は三本足の神鳥として描かれ、夜明けを呼ぶ鳥、太陽を招く鳥といわれます。

日本サッカー協会が八咫烏をシンボルマークに採用した背景には興味深い歴史があります。日本にサッカーが紹介されたのは明治時代初期とされ、1902年(明治35年)には米国の『アッソシェーション・フットボール』が中村覚之助氏の手で翻訳されました。その中村氏の出身が、和歌山県は熊野三山にほど近い勝浦だったという縁や、八咫烏が3本足で、足に縁があるということから八咫烏をマークにすることが推奨されました。

1931年(昭和6年)に日本代表チームのマークとして制定されましたこの八咫烏は、まさに師岡熊野神社をはじめとする熊野神社の御神紋と同じものです。このような歴史的経緯により、師岡熊野神社とサッカーには深い精神的なつながりが生まれています。

サッカー御守と絵馬

師岡熊野神社では2002年日韓ワールドカップの開催時から、(財)日本サッカー協会公認「サッカー御守」の頒布を開始しました。これは師岡熊野神社の御神紋は八咫烏で、近くには決勝の舞台にもなった横浜国際総合競技場があったことから、御守の頒布にふさわしいとして始まりましたという地理的な縁もあります。

お守りは日本代表のブルーを基調に、中央にはエンブレムの八咫烏が描かれ、人々を良い方向に導く御利益があるとされる特別なデザインとなっています。初穂料は1体1,000円で、今回のカタール大会では、期間中に500体ほど購入されたというほど人気を集めています。

このサッカー御守は北海道や九州からもお守りを求める問い合わせがあるほど全国的な注目を集めており、代金引換での郵送申し込みも可能です。境内では御守のほかにもサッカー日本代表の公式エンブレムがついた絵馬も販売されており、多くのサッカーファンが勝利祈願に訪れています。

参拝案内

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師岡熊野神社は一年を通して多くの参拝者を迎えており、適切な参拝マナーを守ることで、より深い体験を得ることができます。また、年間を通じて様々な神事や行事が執り行われています。

参拝作法とマナー

神社での参拝は、まず境内に入る前に鳥居の前で一礼することから始まります。参道は中央を避けて歩き、手水舎で心身を清めてから拝殿へ向かいます。師岡熊野神社では一般的な「二拝二拍手一拝」の作法で参拝を行います。

境内は神聖な場所であることを常に意識し、大きな声での会話や携帯電話の使用は控えめにしましょう。写真撮影は一般的に許可されていますが、本殿内部や祭儀中の撮影は避け、他の参拝者への配慮も忘れずに行うことが大切です。

特に師岡熊野神社は「関東随一大霊験所」として長い歴史を持つ神社ですので、敬意を持って参拝することで、より深いご利益を得ることができるでしょう。サッカー関連の祈願で訪れる方も多いですが、基本的な参拝マナーは変わりませんので、丁寧な参拝を心がけましょう。

年中行事・季節のイベント

師岡熊野神社では歳旦祭、筒粥神事、初午祭、祈年祭、夏越の大祓、星祭、病災除け神事、弁財天例祭、例祭、七五三祝、新嘗祭など、一年を通じて様々な神事が執り行われています。

特に重要な行事として、例大祭は8月23日・24日両日に開催されます。お神輿渡御や奉納演芸などが行われ、大変盛り上がりを見せる例大祭。毎年たくさんの方が足を運びます。この時期には地域の人々が一堂に会し、神社が最も活気に満ちる時期となります。

筒粥神事は特に歴史が古く、天暦3年より1040回余にもなるという記録があり、1000年以上続く伝統的な神事として貴重な文化遺産となっています。

夏越の大祓は毎年6月30日に執り行われ、半年間の罪穢れを祓い清める重要な神事です。誰でも参列することができ、心身の浄化を願う多くの人々が参加しています。

御朱印・お守り情報

師岡熊野神社の御朱印は奉拝、神威顕著、師岡熊野神社と墨で書いた上に、八咫烏と師岡熊野神社、関東随一大霊験所の印が押された特別なデザインとなっています。【初穂料】思召し ※金額は決まっておりません、お気持ちをお納めくださいとされていますが、通常は300円を納めればよいだろうとされています。

前述のサッカー御守のほか、八咫烏をあしらった一般的な御守も各種用意されています。これらの御守は熊野大神の御加護を受けた特別なもので、人生の導きや足の守護、勝負運向上などの御利益があるとされています。

御朱印は社務所で丁寧に対応していただけますが、新型コロナウイルス対策の影響で書き置きのみの授与となる場合もありますので、事前に公式サイトで最新情報を確認することをお勧めします。

アクセス・利用情報

師岡熊野神社は横浜市港北区の住宅地に位置していますが、公共交通機関でのアクセスが良好で、車でのアクセスも可能です。参拝計画を立てる際の参考にしてください。

交通アクセス

最寄り駅は東横線大倉山駅より東へ8分となっており、徒歩でのアクセスが便利です。大倉山駅から神社までは、大倉山駅から東へ進み、新幹線の高架を越えて綱島街道へ。綱島街道を200mほど北上すると右手に当社の社号標があったと思うがという経路で到達できます。

綱島街道の熊野神社入口の交差点が参道入口となっており、交差点には参道案内の碑も設置されているため迷うことなく到着できます。住宅街を抜けると鬱蒼とした高台の鎮守の杜が見えてくるため、目印として分かりやすくなっています。

電車以外では、JR横浜線の小机駅からも徒歩圏内にあり、菊名駅や綱島駅からも徒歩約22分程度でアクセス可能です。複数の駅からアクセスできるため、都合に合わせて最適なルートを選択できます。

車でのアクセスの場合は、首都高速神奈川7号横浜北線「新横浜」出口より、県道13号線、環状2号を経由して約15分程度となります。

拝観時間・料金・駐車場情報

師岡熊野神社の参拝は基本的に無料で、参拝時間に特別な制限はありませんが、社務所での御朱印や御守の授与時間は8:30-17:00となっています。ご祈祷を希望される場合は9:00-16:00が受付時間となっていますので、事前に時間を確認してから訪問することをお勧めします。

境内への入場は無料ですが、熊野郷土博物館の見学については詳細な情報が限られているため、事前に神社に問い合わせることが推奨されます。

駐車場はあり(約30台) ※無料となっており、参拝者は無料で利用することができます。ただし、例大祭などの大きな行事の際は混雑が予想されるため、公共交通機関の利用も検討すると良いでしょう。

境内ではクレジットカードや電子マネーの使用はできませんので、現金を準備してから参拝に向かうことが必要です。

<住所> 〒222-0002 神奈川県横浜市港北区師岡町1137

参照サイト

・師岡熊野神社 公式ホームページ:https://www.kumanojinja.or.jp/

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