伊万里焼の魅力とは?特徴や歴史を踏まえて解説!
近年、ヨーロッパでも「Imari」として高く評価される伊万里焼は、佐賀県を代表する焼き物のひとつです。
今回は、伊万里焼の魅力について特徴や歴史を踏まえて解説します。
伊万里焼の特徴
伊万里焼とは、佐賀県有田町で生まれた陶磁器です。
陶土を800〜1250度の低温で焼き上げる陶器に対して、磁器は長石を砕いた磁土を高温で焼成します。
日本には名を知られる陶磁器が多数あり、その中でも伊万里焼は有田焼や九谷焼と並ぶ著名な産地のひとつです。
有田焼との違い
佐賀県有田町の陶磁器といえば、有田焼をイメージする人も多いのではないでしょうか。
有田焼は、佐賀県有田町周辺で作られる陶磁器を指す名称で、日本で初めて作られた陶磁器としても知られています。
有田焼が国内市場に流通するようになったころ、伊万里港から出荷されていたため伊万里焼とも呼ばれていました。
つまり、伊万里焼はもともと有田焼の別名として使われていた名称です。伊万里焼は、有田焼が伊万里港から出荷されたことに始まり、現在では伊万里地区で作られる磁器を指しています。
明治時代に入り、物流が船から鉄道へと変化したため、有田地区で製造される陶磁器を有田焼、伊万里地区で作られるものを伊万里焼として分類されるようになりました。
また、有田焼は高級品から日常使いに適した食器まで幅広く作る一方で、伊万里焼は献上品に用いられるような品格の高い作品が多く見られます。
古伊万里とは
伊万里焼の中でも、江戸時代に作られた作品を「古伊万里(こいまり)」といいます。
現在の伊万里焼は、伊万里地区で作られるものを指しますが、古伊万里はその限りではありません。
当時は有田町で作られた陶磁器であっても、伊万里港から運ばれたものを伊万里焼と呼んでいたため、古伊万里の中には有田町が産地のものもあります。
古伊万里の大きな特徴は、骨董品として高い価値を持つ点です。
ヨーロッパでは王侯貴族に高く評価され、現在でも「オールドイマリ」と言われ重宝されています。
伊万里焼の歴史
続いては、伊万里焼の歴史を詳しく解説します。
日本磁器の起源
伊万里焼・有田焼は、日本で初めて作られた陶磁器です。
豊臣秀吉の時代に起こった朝鮮出兵の際に、佐賀藩の藩祖である鍋島直茂が朝鮮半島から陶工を日本へ連れて帰りました。
その中の一人、李参平(りさんぺい)が1616年に有田町の泉山で良質な陶石を発見します。
以来、400年にわたり泉山の陶石は、伊万里焼や有田焼の生産を支え続けました。
1980年には泉山の一部が国指定史跡として認められ、山ひとつなくなるほどに削られた様子から、いかに多くの陶磁器が有田町から生産されたかが伝わります。
現在の伊万里焼の原料としては、熊本県・天草の陶石を使うケースが一般的です。
海外輸出の始まり
有田焼が生まれた1600年代の陶磁器といえば、中国を産地とする「景徳鎮磁器」が有名でした。
しかし、1644年頃から起こった中国の王朝交代が影響し、中国からの輸出量が大幅に減ります。
その結果、有田産の陶磁器が注目され、1647年には海外輸出されるようになりました。
1640年には鎖国をしていた日本ですが、中国とオランダのみは貿易が許されており伊万里焼も輸出されています。
そのほか、ベトナムにも運ばれた記録があるようです。
1959年に入ると、ヨーロッパに向けて本格的な輸出が始まります。
以降、伊万里焼は、ヨーロッパの王侯貴族たちに愛され、宮殿を飾る装飾品として取り入れられました。
ドイツの名窯マイセンも、伊万里焼の美しさに憧れて作られたといわれています。
現代の伊万里焼
400年を超える歴史の中で培われた伊万里焼は、有田焼とともに「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島」の3パターンに分類されています
現代でも、日用品から装飾品に至るまで、美しい白磁の伊万里焼は多くの人に愛される焼き物のひとつです。
伊万里焼の魅力
伊万里焼はさまざまな魅力を持つ陶磁器です。
ここでは、主な魅力として以下の3つを解説します。
白磁の美しさ
伊万里焼の魅力といえば、なんといっても目を見張るほど美しい白い磁肌でしょう。
職人たちが長年にわたり受け継いできた技術と精密な手仕事が成し遂げる繊細な仕上がりで、世界中の人を魅了しています。
伊万里焼の美しさは、どんなシーンでも馴染みやすい洗練されたものであり、ヨーロッパではインテリアとして重宝されました。
洗練されたデザイン
伊万里焼が高く評価されるポイントとして、染付けのデザインも挙げられます
主に使われているのは「呉須(ごす)」と呼ばれる藍色の顔料ですが、釉薬をかけて仕上げた磁器の上から色を重ねる「赤絵」という技法も人気です。
いずれも、白い磁肌により華やかに映える色合いであり、伊万里焼の美しさを際立てています。
さらに、伊万里焼に施される柄は職人たちの手描きです。
使用される筆にはリスの毛が用いられており、複雑かつ繊細な模様が描かれています。
こうして丹念に仕上げられる非常に精密で洗練されたデザインも、伊万里焼が放つ高級感につながっているでしょう。
明治後半になると、手書きに加えて印判と呼ばれる判を用いた絵付け方法やプリントされたものも見られるようになりました。
印判やプリントで仕上げられた伊万里焼は、日曜雑器に使われるケースが多いようです。
耐久性の高さ
陶磁器で作られる伊万里焼は、原料である陶石の性質上耐久性が高い点も魅力です。
陶磁器は1350度を超える高温で焼き締めるため、高温の食べ物を入れたり加熱したりしても問題なく使用できます。
さらに、伊万里焼は他の陶磁器と比べて薄い上に軽量です。
丈夫かつ軽量という特性上、食器としても重宝される焼き物といえるでしょう。
伊万里焼の代表的な窯元
魯山窯
江戸時代に、佐賀鍋島藩によって作られた官営の御用窯である「鍋島藩窯」の伝統を引き継ぐ窯元が「魯山窯」です。
明治に入り、廃藩置県の実施で藩窯が廃止となった後も、その流れを大切にしながら民窯として独立し、現在もなお多くの人々を魅了する伊万里焼を生産し続けています。
もともと、鍋島藩窯は官窯だったこともあり、採算を度外視した最高品質の陶磁器を作っていました。
そのため、庶民の間ではその存在を知らない人も多数いたといわれています。
鍋島藩窯の特徴の一つが、色鍋島と呼ばれる伝統的な技法です。
色鍋島は、藍色の呉須で描かれる下絵を本焼きし、焼成後に赤・黄・緑の3色を使い上絵を描く技法で、その他の色を使うことはほとんどありません。
限られた色数で繊細な模様を描く点は、色鍋島の大きな魅力といえるでしょう。
魯山窯では、日本磁器の最高峰ともいわれる色鍋島の技法を守りながら、毒性のない絵の具を使用することで安全に使える製品を作っています。
瀬兵窯
瀬兵窯は、1924年に創業された伊万里焼の窯元です。
自然との調和を大切にした作品を手がけており、原材料はできる限り天然素材を取り入れています。
もちろん、絵付けに使う色素にもこだわっており、特に透明色の赤絵の具を用いた上絵の技術は、瀬兵窯独自のものです。
天然素材だからこそ表現できる優しい風合いこそが、瀬兵窯の魅力といえるでしょう。
まとめ
伊万里焼は、有田焼が伊万里港から出荷されたことに始まり、現在では伊万里地区で作られる磁器を指します。
白く美しい磁肌は多くの人々を魅了し、ヨーロッパでは王侯貴族たちが愛用していたほどです。
400年前から続く伊万里焼の技術は現在もなお受け継がれ、多くの窯元で生産が続けられています。
近年は、伝統的な作品はもちろん、現代の流れに合わせた作風も見られるので、佐賀・有田町の伊万里エリアを訪れる機会があれば、ぜひ窯元にも足を運んでみてはいかがでしょうか。