
笠間焼と益子焼。兄弟産地のうつわで、特別な贈り物を選ぶ
関東に、ふたつの焼き物産地があります。茨城県の笠間と、栃木県の益子。この二つの産地はじつは深いつながりを持つ「兄弟」で、2020年には日本遺産「かさましこ」として共同認定されるほどの縁があります。日常使いのうつわから丁寧な贈り物まで、どちらの産地も選ぶ楽しさが豊かです。贈る相手やシーンに合わせて、あなたにぴったりの一枚を探してみてください。
笠間焼と益子焼、二つの産地はなぜ「兄弟」なのか

笠間焼の歴史は江戸時代中期、安永年間(1772〜1781年)に始まります。茨城県笠間市の箱田村で、久野半右衛門が信楽焼の陶工の指導を受けて窯を築いたのが起源です。その後、笠間藩の御用窯「仕法窯」として保護を受け、甕やすり鉢などの日用雑器を産業として生産するようになりました。
いっぽう益子焼は、嘉永6年(1853年)に、笠間で技術を学んだ大塚啓三郎が益子の地に窯を築いたことが始まりとされています。笠間の陶工が隣の地に新たな産地を開いた——その成り立ちから、笠間焼と益子焼は「兄弟産地」と呼ばれています。
益子焼は当初、豊富にある一方で肌理の粗い陶土の性質から、水がめ・火鉢・壺などの日用品として作られていました。その後、1927年から創作活動を開始した濱田庄司によって花器・茶器などの民芸品が作られるようになり、日本全国に知られるようになります。1955年(昭和30年)、濱田庄司が「民芸陶器」の分野で人間国宝に認定されると、益子焼の名はさらに広く世の中に響き渡るようになりました。
どちらを選ぶ?シーン別おすすめの選び方
「自由な表現」に惹かれるなら笠間焼を
笠間焼の大きな特徴は、作り手の個性が色濃く出る自由さにあります。作り手の95%は作家系で、独創的な作風を持つ現代作家が多く、固定されたイメージの少なさも笠間焼の魅力です。1992年(平成4年)に国の伝統的工芸品に指定されてからも、伝統の技に新たな表現が加わり続けています。シンプルなものから絵付けの豊かなものまで、同じ「笠間焼」でも作家ごとに表情がまったく異なります。自分だけの一枚を探したい方、個性のある贈り物を選びたい方に向いています。
「土の温もり」を伝えたいなら益子焼を
益子焼の代表的な釉薬には、柿釉・飴釉・糠白釉・黒釉・青磁釉などがあります。たとえば柿釉は鉄分による深みのある赤茶色が特徴で、益子焼を象徴する色と言っても過言ではありません。糠白釉は米ぬか由来の灰を使うため、乳白色の優しい風合いとなり、素朴な土の色を引き立てます。どっしりとした厚みと、手のひらに収まる温もりは、「使うことで完成する美」を持つ器です。日々の食卓で育てるように使ってほしい方への贈り物に、よく似合います。
産地をいっしょに旅するような贈り物を
笠間では、毎年ゴールデンウィーク(4月29日〜5月5日)に「笠間の陶炎祭(ひまつり)」が開催されます。笠間芸術の森公園に約200人の陶芸家・窯元・地元販売店などが集い、個性豊かな作品が一堂に並びます。益子でも毎年春と秋に陶器市が開かれており、両産地とも足を運べばうつわ選びそのものが旅の楽しみになります。産地への旅を一緒に楽しめる相手へのプレゼントに添える形で、うつわを選んでみるのも素敵な贈り方です。
「ふたつの産地」を組み合わせるという選択
笠間焼と益子焼は、2020年に日本遺産「かさましこ」として共同認定されました。異なる土地で育ちながら、ルーツをひとつにする二つの産地の作品を組み合わせて贈るのも、ストーリーのある選び方です。飯碗は笠間焼、湯呑みは益子焼——そんな風に揃えると、食卓に北関東の風景が重なるようです。
贈る前に知っておきたい、うつわの扱い
笠間焼・益子焼はともに陶器です。磁器に比べて吸水性があるため、使い始めに「目止め」(米のとぎ汁で煮る処理)を行うと、においやシミがつきにくくなります。贈り物にする際は、この一手間を添えたカードをつけると、受け取った方への丁寧な気遣いになります。
笠間焼・益子焼それぞれの産地の歴史や窯元についての詳しい記事も、ぜひあわせてご覧ください。

