
萩焼とは?その魅力と歴史、特徴をわかりやすく徹底解説!
萩焼(はぎやき)は、山口県萩市を中心に作られている日本の伝統的な陶器です。素朴で温かみのある風合いと、使い込むほどに味わいが増す「萩の七化け」と呼ばれる変化が特徴で、多くの茶人や器好きに親しまれています。その独自の魅力から、日常の食卓はもちろん、茶道具や贈答品としても高く評価されています。
本記事では、萩焼の起源や歴史的背景に加え、代表的な特徴や魅力について詳しく解説します。また、他の焼き物とどう異なるのか、製造工程や萩焼ならではの価値、選び方のポイントなどもわかりやすくご紹介していきます。萩焼の奥深い世界を知るきっかけとして、ぜひ最後までご覧ください。
萩焼とは
萩焼(はぎやき)は、山口県萩市を中心とする地域で生まれ、現在も製作が続けられている日本の伝統的な陶磁器です。派手な装飾を控えた控えめで素朴な佇まいが特徴であり、長く使うことで味わいが増すという独自の魅力を持ちます。とくに茶の湯の世界において高い評価を受けており、日常使いの器としてだけでなく、茶碗や水指、花入などの茶道具としても重宝されています。
萩焼が高く評価される理由のひとつに、「萩の七化け」と呼ばれる経年変化があります。使い込むことで表面の釉薬や貫入(かんにゅう)と呼ばれる細かいひび割れに茶が染み込み、器の表情が少しずつ変化していきます。この変化が美とされる萩焼の価値観は、日本人の美意識である「侘び・寂び」に通じるものがあります。
萩焼が生まれた背景
萩焼の起源は、安土桃山時代末期の文禄元年(1592年)、豊臣秀吉による朝鮮出兵にまでさかのぼります。この戦いにおいて、日本に連れてこられた多くの朝鮮陶工の中に、萩焼の祖とされる李勺光(りしゃくこう)・敬兄弟がいました。彼らは後に萩藩の開祖・毛利輝元に招かれ、慶長9年(1604年)、萩の地に御用窯を築いたのが萩焼の始まりとされています。
当時、日本では茶の湯文化が隆盛を極め、高麗茶碗などの朝鮮陶磁が非常に高く評価されていました。萩焼もその流れを汲み、朝鮮李朝の技法を継承しつつ、日本の美意識に合う形で独自の進化を遂げていきました。とくに「切り高台」と呼ばれる台座の切り込みは、朝鮮由来の意匠でありながら、装飾性に乏しい萩焼において器全体の印象を左右する重要な要素となっています。
さらに、萩焼の原料には地元産の大道土(だいどうつち)、見島土(みしまつち)、金峯土(みたけつち)などが混合され、これによって焼き締まりが少なく、保温性に優れた器に仕上がります。これらの土の性質と、釉薬の収縮による貫入や窯変(ようへん)といった焼成時の偶然性が組み合わさることで、萩焼ならではの風合いと個性が生まれているのです。
萩焼の歴史
萩焼の歴史は、日本と朝鮮半島の関係と深く結びついています。文禄・慶長の役と呼ばれる豊臣秀吉の朝鮮出兵により、数多くの優れた朝鮮の陶工が日本に連れてこられました。萩に招かれた李勺光とその兄弟は、萩藩毛利家の庇護のもとで御用窯を構え、高麗茶碗の製法を基礎とした器作りを開始します。これが萩焼の原点です。
江戸時代になると、萩焼は茶の湯の隆盛とともに広く知られるようになり、藩主や茶人たちの間で重宝される存在となります。その後、萩焼の中でもさまざまな流派や作風が生まれ、技術の発展とともに多彩な表現が可能となっていきました。とくに、明治後期に活躍した三輪休雪(初代)は、それまでの伝統を守りながらも新たな作風を切り拓き、萩焼を再評価させるきっかけを作りました。
大正時代には「一楽、二萩、三唐津」という言葉が定着し、萩焼は茶道具の名器として確固たる地位を築きました。その名声は戦後も続き、高度経済成長期には全国的な知名度を得るようになります。1957年には国の選択無形文化財に指定され、萩焼はますます注目を集めるようになりました。
1970年には十代三輪休雪(本名:三輪休和)、1983年には十一代三輪休雪(本名:三輪壽雪)が相次いで重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、その技術と表現力が高く評価されました。そして2002年には「伝統的工芸品」として国から正式に認定され、萩焼は日本の陶芸文化を代表する存在として国内外から評価を受けています。
このように萩焼は、朝鮮由来の技術を受け継ぎながらも、日本独自の美意識と茶道文化の影響を受けて発展を遂げた焼き物です。その歴史の重みと時代ごとの進化が、今なお萩焼を特別な存在たらしめているのです。
萩焼の特徴・魅力
萩焼の大きな魅力は、その素朴で温もりのある風合いにあります。一般的な磁器とは異なり、柔らかくざらついた質感を持ち、手に取ったときに自然素材ならではのぬくもりを感じられるのが特徴です。色味も淡く、やわらかい乳白色や灰色、薄桃色など、控えめで落ち着いた色調が多く、日本人の美意識に深く根付く「侘び寂び」の精神を体現しています。
中でも、「萩の七化け(はぎのななばけ)」と呼ばれる経年変化は、萩焼ならではの美的特性です。これは、使い続けることで器の表面に現れる変化のことで、茶渋などが貫入(陶器表面にできる微細なひび)に染み込み、色合いや風合いが徐々に変わっていく様子を指します。新品の器よりも、使い込まれた器に美を見出すこの価値観は、日本の茶道文化とも深くつながっています。
また、萩焼には多様な形や様式が存在します。古萩と呼ばれる古い時代の萩焼は、どっしりとした造形が特徴的ですが、現代の萩焼はより洗練された薄作りの器も多く、日常使いとしても扱いやすいデザインへと進化しています。これにより、茶道具としての役割にとどまらず、日々の食卓を彩る食器やインテリアとしても活用されるようになりました。
加えて、萩焼は陶土に由来する高い保温性と吸水性を持ちます。お茶や料理の温度を長く保ち、飲食の時間をより快適にしてくれるという実用面での魅力もあり、見た目だけでなく機能性にも優れています。このような視点からも、萩焼は暮らしの中で長く付き合える器として、多くの人に親しまれています。
萩焼の制作の流れ
萩焼の製作工程は、自然素材の選定から焼き上げまで、数多くの段階を経て丁寧に行われます。その一つ一つに職人の技と経験が込められており、工程を知ることでより深い魅力を理解することができます。
まず、原料となる陶土は、主に山口県内で採れる大道土(だいどうつち)や金峯土(みたけつち)などが使用されます。これらは焼き締まりが弱く、吸水性が高いという性質を持つため、萩焼特有のやわらかく優しい風合いを生み出します。
土をこねる「練り」の工程では、土の中に含まれる空気を抜き、焼成時の割れを防ぎます。その後、ろくろや型を使って器の形を整えていきます。形成された器は、数日間かけて自然乾燥させたのち、削りや加飾といった細かい仕上げが行われます。
乾燥後には素焼きに入り、約700~800度で一度焼成されます。これにより器が固まり、釉薬(ゆうやく)をかける準備が整います。萩焼の釉薬は、長石や灰を原料とするやわらかい色味のものが主流で、あえて均一にかけず、流れやムラを残すことで自然な表情を持たせます。
本焼きは約1200度前後で行われ、土と釉薬が一体化することで器が完成します。焼成中に起こる「窯変(ようへん)」は、火や温度、空気の流れによる自然な変化であり、同じものは二つとして存在しないという萩焼の個性を生み出す大切な要素です。
焼き上がった器は、冷却後に検品と仕上げを経て完成します。貫入の入り方、釉薬のかかり具合、焼きの深さなど、仕上がりは一つ一つ異なりますが、それこそが萩焼の大きな魅力でもあります。
このように、萩焼の制作には多くの手間と時間がかかりますが、その分だけ器には深い味わいと温もりが宿ります。ひとつの器を通して、自然と向き合い、人の手で形作るという陶芸の本質を感じ取ることができるでしょう。
まとめ
萩焼は、約400年以上の歴史を持つ日本の伝統的な陶器であり、朝鮮陶工の技術と日本の美意識が融合して生まれた、まさに「文化の器」と言える存在です。素朴で温かみのある風合い、「萩の七化け」に代表される経年変化、そして唯一無二の表情を持つ焼き物として、茶人をはじめとした多くの人々に愛されてきました。
その制作工程には、自然素材との対話と、職人の繊細な手仕事が込められており、完成した器はすべてが一点物です。日々の暮らしの中に取り入れることで、単なる道具としてではなく、時間とともに育っていく芸術品としての魅力を感じることができるでしょう。
もしあなたが、日常に寄り添うやさしい器を探しているのなら、ぜひ一度萩焼に触れてみてください。使えば使うほど深まる味わいと、器に刻まれるあなただけの歴史が、きっと心を豊かにしてくれるはずです。