小石原焼（こいしわらやき）は、福岡県東峰村を中心に作られている伝統的な陶器です。飛び鉋（とびかんな）や刷毛目（はけめ）といった独特の技法による模様が特徴で、日常使いに適した丈夫さと美しさを兼ね備えています。素朴で温かみのある風合いが、多くの人々に親しまれ、使い込むほどに味わいが深まる魅力も持っています。
本記事では、小石原焼がどのように生まれ、どのような歴史を歩んできたのかを解説するとともに、他の焼き物と一線を画す特徴や技法、制作工程についても詳しくご紹介します。また、現代に受け継がれる小石原焼の魅力や選び方のポイントにも触れながら、その奥深い世界をわかりやすくお伝えしていきます。
小石原焼とは
小石原焼（こいしわらやき）は、福岡県東峰村（旧・朝倉郡小石原村）を中心に作られている伝統的な陶器です。かつて日常生活の中で広く使われていた生活雑器をルーツとしながらも、今では「用の美」を体現する工芸品として、全国にファンを持つ存在へと進化を遂げています。
素朴で温かみのある風合いと、実用性を兼ね備えたデザインが特徴の小石原焼は、暮らしの中で長く使える器として、多くの家庭で親しまれています。使い勝手の良さに加えて、模様や質感にもこだわりがあり、見た目にも飽きのこない美しさを備えています。
小石原焼が生まれた背景
小石原焼が誕生した背景には、豊かな陶土と技術の伝来があります。江戸時代初期の1669年（寛文9年）、高取焼で知られる高取八蔵の孫にあたる八之承（やつのしょう）が、小石原の地に陶土を発見し、移住したことから始まったと伝えられています。
その後、1682年（天和2年）には黒田藩の三代藩主・黒田光之が、肥前国（現在の佐賀県・長崎県）の伊万里焼の職人を招き、中国（明国）の技術も取り入れて、八之承とともに磁器の製造を開始しました。当時は地名にちなみ「中野焼」と呼ばれていましたが、後に時代の流れとともに「小石原焼」へと定着していきます。
この地は、豊富な良質の陶土に恵まれていただけでなく、山間部に位置していたため、登り窯の構造が適しており、効率的な焼成が可能だった点でも陶業に向いていたといえるでしょう。こうした地理的条件や技術の融合が、小石原焼の始まりを支えたのです。
小石原焼の歴史
小石原焼の歴史は、約350年にわたって積み重ねられてきた伝統と革新の歩みです。江戸時代にその製造が始まった後、一時期は「中野焼」と呼ばれ、地域の生活用品としての地位を確立していきました。
ところが一度はその系譜が途絶え、1927年（昭和2年）に再興の動きが起こります。この再興期においては、磁器ではなく陶器が中心に作られるようになり、再び生活に根ざした器作りが始まりました。1835年（天保6年）の記録によると、当時は酒壷や花器、茶器などが主な製品だったことが記されています。
第二次世界大戦後には、物資不足により日用品の需要が急増し、小石原焼の生産も活発になります。さらに1958年（昭和33年）、ベルギー・ブリュッセルで開催された万国博覧会でグランプリを受賞。「用の美」を体現する器として国際的にも注目を集めました。
この受賞を機に、小石原焼は工芸品としての評価を高め、1965年（昭和40年）頃からは受注生産から見込み生産へと体制を転換し、全国各地へと流通するようになります。1975年（昭和50年）には、通商産業省（現在の経済産業省）から「伝統的工芸品」に指定され、陶磁器としては初の認定となりました。
以後も、小石原焼はその伝統を守りながら、現代の暮らしに合った器として進化を続けています。地元では陶芸体験や窯元めぐりも盛んで、観光資源としても大切にされており、多くの人々に親しまれる存在となっています。
小石原焼の特徴・魅力
小石原焼の最大の特徴は、ろくろを回しながら器の表面に模様を施す独特の装飾技法にあります。とりわけ「飛び鉋（とびかんな）」と呼ばれる技術は、小石原焼を象徴する意匠として知られています。これは鉋（かんな）を器に当てながらろくろを回転させ、連続した彫り模様をつける方法で、まるで幾何学模様のような美しいリズムを持つ文様が浮かび上がります。
その他にも、刷毛（はけ）や櫛（くし）を用いた装飾、指を使って粘土に模様を描く指描き技法、さらには釉薬を等間隔に流す「流し掛け」や、部分的に浴びせる「打ち掛け」、竹の管から少しずつ垂らして描く「ぽん描き」といった多様な装飾法があり、これらが小石原焼の多彩な表情を生み出しています。
また、小石原焼は見た目の美しさだけでなく、実用性にも優れていることが大きな魅力です。食器としての使いやすさや丈夫さに加え、釉薬の自然な風合いが料理を引き立てるため、日常の食卓でも非常に使い勝手のよい器として重宝されています。
とくに釉薬の色味は、白やベージュ、茶褐色など温かみのある落ち着いた色が中心で、どのような料理にも自然に馴染みます。こうした美と実用を兼ね備えた小石原焼は、まさに「用の美」という理念を体現する工芸品といえるでしょう。
さらに、手作りならではの温もりも小石原焼の大きな魅力です。同じ技法で作られていても、ひとつひとつ微妙に異なる表情を持っており、それが所有する喜びや使う楽しみをいっそう深めてくれます。
小石原焼の制作の流れ
小石原焼の制作は、数多くの工程を経てひとつの器を完成させる、非常に手間と技術を要する作業です。すべての工程が職人の手仕事によって丁寧に行われており、そのひとつひとつに深いこだわりと熟練の技が込められています。
まず最初に行われるのが、原料となる陶土の準備です。小石原焼には、地元で採れる良質な陶土が使われます。この土は、粘り気が強く、成形や装飾に適しており、小石原焼の独特な表情を作り出す重要な素材です。土は乾燥や異物の除去を経て、ろくろ成形に最適な状態に練り上げられます。
次に、ろくろを使って器の形を整えていく「成形」の工程に入ります。小石原焼の特徴的な模様は、この段階で施されることが多く、とくに飛び鉋などの技法は、ろくろを回しながらでなければ実現できない技術です。成形と装飾が一体となっているため、この工程には高い集中力と技術が求められます。
成形が終わった器は、乾燥させたのち、素焼きを行います。素焼きは700〜800度前後の温度で行われ、器を一度硬く焼き締めることで、釉薬をかける準備が整います。
その後、釉薬掛けの工程に移ります。小石原焼の釉薬は、自然な色合いと質感を出すために、地元の原料を中心に調合されたものが多く使われます。流し掛け、打ち掛け、ぽん描きなど、さまざまな手法で釉薬をかけていくことで、器に多彩な表情が加わります。
最後に本焼きが行われ、約1250度前後の高温で器を焼き上げます。登り窯や電気窯などを用いてじっくり焼成された器は、釉薬がしっかりと定着し、美しく仕上がります。焼き上がった器は、冷却・検品を経て完成し、ようやく世に送り出されるのです。
このように、小石原焼は素材の選定から成形、装飾、焼成に至るまで、すべての工程に職人の手が加わり、長年の技術が詰め込まれた器として完成します。その一品一品が、まさに伝統と創造の結晶といえるでしょう。
まとめ
小石原焼は、福岡県東峰村の自然と歴史に育まれた、日本が誇る伝統的な陶器のひとつです。その起源は江戸時代初期にさかのぼり、長い時間をかけて培われた技術と美意識によって、今なお多くの人々に愛され続けています。
飛び鉋や刷毛目などの技法によって生み出される独自の模様、そして素朴で実用的なデザインは、日常生活に温もりと潤いを与えてくれます。器としての機能性はもちろん、一点ものならではの味わいと存在感は、工芸品としても高く評価されています。
小石原焼は、見る楽しみ、使う楽しみ、そして育てる楽しみを兼ね備えた器です。日々の暮らしの中に、長く付き合える器を求める方にとって、小石原焼はまさに理想的な存在と言えるでしょう。
ぜひ一度、小石原焼に触れ、その魅力を体験してみてください。手に取った瞬間に感じるやさしさと、使い込むほどに深まる味わいが、あなたの生活をより豊かに彩ってくれるはずです。
