
出雲ぜんざいとは?その魅力と歴史、特徴など詳しく解説
「ぜんざい」といえば、甘く炊いた小豆にお餅や白玉が入った、日本の冬を代表する温かいスイーツ。でもその発祥の地が、実は島根県の出雲地方であることはご存知でしょうか。縁結びの神様で名高い出雲大社のある「神の国」に、ぜんざいの知られざるルーツが眠っています。今回は、出雲ぜんざいの歴史と特徴、その魅力をじっくりとご紹介します。
「じんざい」から「ぜんざい」へ|神在祭に宿るルーツ
ぜんざいは、出雲地方の「神在(じんざい)餅」に起因するとされています。出雲地方では旧暦の10月に全国から神々が集まり、「神在祭(かみありさい)」と呼ばれる神事が執り行われており、そのお祭りの折に振る舞われたのが「神在(じんざい)餅」でした。
やがて、神在餅の「じんざい」は発音が変わって「ぜんざい」となり、出雲を飛び出して京都、江戸、全国へと広まっていったとされています。名称の変化には段階があり、「じんざい」から出雲弁が訛っていったん「ずんざい」となり、のちに「ぜんざい」に落ち着いたと伝えられています。
旧暦の10月は一般的には「神無月」といいますが、出雲には全国の神様が集まってこられるため「神在月(かんざいづき)」と呼ばれています。この「神在月」には出雲の各神社で神様をもてなすために「神在祭」が行われ、「神在餅(じんざいもち)」が配られていました。
神様をもてなすための食べものから、庶民の日常の甘味へ。出雲ぜんざいには、そんなスケールの大きな歴史の流れが息づいています。
江戸時代の文献が語る「発祥の地」
出雲がぜんざい発祥の地であるということは、1624年〜1644年末頃の江戸時代初期に書かれた『祇園物語』に記されています。
この書物の著者は京都・清水寺の執行であり、都の人間が「出雲の神在餅こそ発祥」と記録していたことは、ひときわ説得力を持ちます。
ぜんざいと出雲のつながりに関しては、『祇園物語』のほか、「梅村載筆」(林羅山の随筆)、「倭訓栞」(谷川士清著)、「雲陽誌」(出雲地誌・1717年成立)など、さまざまな文献による証言が得られており、いずれもぜんざいの由来が出雲にあったことを強力に支持しています。
今も松江市内の古社・佐太神社の宮司の家では、神々を送り出す「神等去出(からさで)神事」の日に、小豆雑煮を作って邸内の社にお供えする習わしが続いているとされています。
神在餅の風習が、かたちを変えながら現代まで受け継がれているのです。
出雲ぜんざいの特徴|汁気たっぷり、紅白のお餅
全国にはさまざまなぜんざいがありますが、出雲ぜんざいにはいくつかの明確な特徴があります。
出雲ぜんざい学会によって、出雲ぜんざいは「汁気が多く、縁起の良い紅白のお餅が入ったぜんざい」と定義づけられています。
この汁気の多さは、古文献にも記された伝統的なスタイルそのもの。
「小豆に汁を多く入れて、餅を少し入れる」とは、『祇園物語』の中で語られている特徴でもあり、小豆の粒の大きさやおいしさを感じてもらえるよう、できるだけ澄んだ汁を多めに入れるのが出雲流の工夫とされています。
こだわりはお店によってさまざまですが、出雲大納言という風味豊かな大粒の豆を使い、紅白のお餅には奥出雲のもち米を使用するなど、地元産の素材を大切にする姿勢が共通しています。
縁起物の紅白をあしらったお餅は、見た目にも華やか。
「ご縁の街」出雲だからこそ出雲ぜんざいは縁起が良いとされ、結婚式や出産などのお祝いの場、お歳暮など多くの場面で喜ばれています。
「出雲ぜんざいの日」と地域を挙げた発信
出雲の新しい文化を全国に広めようと、出雲ぜんざいの普及のため「日本ぜんざい学会」が設立され、10月31日を「1031(ゼンザイ)」の語呂合わせで「出雲ぜんざいの日」として日本記念日協会に申請・登録。「出雲ぜんざい」をブランドとして広める活動が行われています。
佐太神社や出雲大社の参道には「ぜんざい」の幟(のぼり)がはためき、地域の宝としてアピールしようという機運が盛り上がっています。
出雲大社前の「ご縁横丁」や神門通り沿いには、それぞれこだわりのぜんざいを提供するお店が並んでおり、参拝の帰り道にふらりと立ち寄れるのも魅力のひとつです。
まとめ
出雲ぜんざいは、縁結びの神々をもてなすために生まれた「神在餅」を源流に持ち、出雲弁の訛りとともに全国へと広まっていった、日本の甘味文化の原点ともいえる存在です。汁気たっぷりで縁起の良い紅白の餅が浮かぶそのスタイルは、江戸時代の文献にも記された伝統の形をいまに伝えています。
出雲大社へお参りの際には、ぜひ一杯の出雲ぜんざいを味わいながら、神々の時代へと思いを馳せてみてください。その甘さの中に、長い歴史の重なりが感じられるはずです。

